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福岡地方裁判所 昭和43年(わ)118号 判決 1969年8月27日

本籍

福岡市東中洲町二一一番地

住居

福岡市渡辺通二丁目六街区四号

喫茶店等経営

斉藤保久

大正六年五月一日生

右の者に対する旧所得税法違反、所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官武内徳文出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月および罰金一〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

(罪となるべき事実)

被告人は、福岡市中洲において喫茶店「黄昏」および小料理店「磯」の経営を業としていたものであるが、売上を除外する等して所得を脱漏するほか、右事業所得をそれぞれ他人名義で分割して申告する等の不正の方法により所得税を免れようと企て

第一、昭和三九年分の所得金額は一〇、二八七、八四六円でこれに対する所得税は三、九八四、一〇〇円であつたのにかかわらず別表一記載のとおり、昭和四〇年三月一四日所轄博多税務署長に対し、所得金を全体として過少にし、しかも前記「黄昏」「磯」は他の者が経営しているように装つて所得を分割した虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により右正当所得税額と、申告所得税合算額との差額三、九二五、三〇〇円を逋脱し

第二、昭和四〇年分の所得金額は八、一六六、七六九円でこれに対する所得税額は二、九〇二、八〇〇円であつたにかかわらず別表二記載のとおり昭和四一年三月一四日及び翌一五日所轄博多税務署長に対し、所得を全体として過少にし、しかも前記「黄昏」「磯」は他の者が経営しているように装つて所得を分割した虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により右正当所得税額と、申告所得税合算額との差額二、八七二、四〇〇円を逋脱し

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人の検察官に対する供述調書二通

一、被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書一六通

一、被告人作成の各上申書(一三通)および確認書と題する書面

一、斉藤スエ子、河内礼子(二通)、木村義昭、猪口昭夫、大須賀哲夫、灰塚重人に対する大蔵事務官の各質問てん末書

一、待島初民、久次友吉(二通)、梅津善七(売上総括表の三九年度分売上金額七九、六五〇円は誤算で八〇、一〇〇円が正しいが、右誤りは課税総所得金額は千円未満は切り捨てとなるため税額には影響を及ぼさない)、加藤久明、杉村敏治、中金蔵、篠原雷次郎(二通)、山方倉一(二通)、白水慶七、吉積良介、須佐源之助、中島勝、原田保(二通)、灰塚重人、百田トネ、秋吉清、坂崎寅雄、河内貞昭、矢田義一各作成の上申書

一、福岡市長阿部源蔵(一六通)、牟田三郎(三通)、永田重吉、柳原弥之助、三輪正夫、神代律、灰塚重人、西崎克己、杉山隆、村山茂(三通)、永淵忠嘉、宮崎隆(二通)、富樫吉也(二通)、坂田泰溢各作成の証明書

一、福岡市長阿部源蔵作成の償却資産証明書四通

一、中村清、博多市税事務所長各作成の回答書

一、福岡市長阿部源蔵作成の下水道使用料金収納状況の証明書提出方依頼について(照会)と題する書面(証明書二通添付)

一、押収してある左の各証拠物(いずれも昭和四三年押第一九三号のうち)三九年分の所得税の確定申告書および添付書類(斉藤保久分)一冊(一)、右同(黄昏、斉藤スエ子分)一冊(二)右同(磯、河内礼子分)一冊(三)、昭和三九年所得税青色申告決算書(黄昏、斉藤スエ子分)一冊(四)、右同(磯、河内礼子分)一冊(七)、三九年分黄昏元帳一冊(五)、三九年分金銭出納帳一冊(六)、三九年分磯元帳一冊(八)、四〇年分の所得税の確定申告書および添付書類(斉藤保久分)一冊(九)、右同(黄昏、斉藤スエ子分)一冊(一〇)、右同(磯、河内礼子分)一冊(一一)、昭和四〇年分所得税青色申告決算書(黄昏、斉藤スエ子分)一冊(一二)、右同(磯、河内礼子分)一冊(一五)、四〇年分黄昏元帳一冊(一三)、四〇年分金銭出納帳一冊(一四)、四〇年分磯元帳一冊(一六)、手帳一冊(一七)、請求書およびメモ一綴(一八)、領収証およびメモ一綴(一九)、領収証一枚(幾野冷凍工業株式会社)(二〇)、領収証一枚(土屋レコードシヨツプ)(二一)、封筒に入つた約束手形一通および借用証一枚(灰塚重人分)(二二)、封筒に入つた約束手形三通および封筒一枚(大須賀哲夫分)(二三)、領収書綴一冊(二四)、金銭出納帳(磯の売掛帳)一冊(二五)、不動産売買契約証書一通(二六)、権利証書二通(二七、二八)

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は、本件起訴にかかる「黄昏」「磯」の両店舗は被告人の妻スエ子の経営であり、それよりあがる収益は右スエ子に帰属することになるので、その収益を被告人の所得として課税することは不当であり、公訴事実記載の逋脱額は誤つていると主張するので、この点につき判断する。

前掲各証拠を綜合すると、就中被告人の検察官に対する昭和四三年二月二七日付供述調書、大蔵事務官の被告人に対する昭和四一年一一月二八日付、斉藤スエ子に対する同月二九日付各質問てん末書によれば、被告人夫婦は、戦後満州からほとんど無一物で引揚げて来て、福岡市内で屋台を始め、夫婦協力して苦労を重ね曲折を経た後昭和三一年頃、同二五年に買求めた同市東中洲町二一一番地の土地建物において妻スエ子名義で喫茶店「黄昏」を開業し、また昭和二七年頃同町一九七の八番地の土地家屋を買取り被告人の姪河内礼子の希望もあり、昭和三八年四月から同所で従前使用したことのある同屋号を引継ぎ小料理店「磯」として同人に営業させていたが、同人が一〇日位で育児等の障害のため経営を投げ出したので、同人名義のまま被告人夫婦が同店の営業を継続するに至つたのであるが、右「黄昏」「磯」の両店舗とも、売上金は被告人のもとに集められ、被告人の手によつて整理され、金銭関係は全て被告人において統轄管理しているばかりでなく、金融関係、仕入代金の支払、税金関係など主たる対外的折衝には被告人がその任にあたつており、妻スエ子も両店舗の営業に関与しているとはいえ、それは従業員の雇入れ、解雇ならびに指導監督、仕入先への注文の程度であつて、両店舗の営業全般の実質的統轄は全て被告人においてなされていることが認められる。

右認定したところによると、「黄昏」「磯」両店舗の営業は被告人夫婦の協力により発展して、本件犯行当時に及んでいることは弁護人主張のとおりであつて、被告人の妻スエ子は、単なる使用人ではなく、一見本件両店舗につき被告人と共同経営者的立場にあると認むべき余地があるが、被告人とスエ子は夫婦であり、同居のうえ、同一生計を営んでいるのであつて、両者の間には収益分配等特別な財産的取りきめはなされていない。特に被告人の検察官に対する昭和四三年二月二七日付供述調書大蔵事務官の被告人に対する昭和四一年一一月二八日付質問てん末書によれば「磯」の土地家屋の所有名義はスエ子になつているが、これは漠然と妻名義の財産があつてもよかろうという程の意味しかなく、また「黄昏」の名義がスエ子であるのは、専ら営業のための便宜によるものであつて、必ずしも経営の主体を表わすものでないことが認められる。

以上の点に鑑みれば、前述のような営業の実体に照し、両店舗とも被告人の経営であつて、それよりあがる収益は、全て被告人に帰属すると解するのが、相当であり、その収益を被告人の所得として課税するのが税法上の実質課税の原則に合致するといわざるを得ない。

二、もつとも弁護人は、被告人は、食品会社の役員をしていて忙しく、また同業組合の仕事もあつて、「黄昏」「磯」の経営に関与する時間は、スエ子の何分の一にすぎないと指摘するところ、確かに前掲各証拠および第五回公判調書中の証人灰塚重人の供述部分によれば、被告人は、昭和三八年一〇月、友人らと共に一せい食品株式会社、同四〇年一一月には更に一せい興産株式会社をそれぞれ設立し、いずれも取締役会長になり、昼間は右両会社の仕事に従事していたこと、また同業組合(福岡市中洲第一料飲組合)の役員(会計)を昭和二五年以降していることが認められるが、他方被告人が右一せい食品株式会社より得た給与は、昭和三九年、四〇年分はいずれも年額六〇万円に満たないものであり、かつ被告人は、夜六時過ぎには、本件両店舗の営業に従事していたことが認められるのであつて、本件営業が主として夜間であることを考慮すれば、前示一の判断を何ら妨げるものではない。また被告人が同業組合の仕事をしていることは、被告人が、対外的にも実質的に本件両店舗を代表していることを意味しているということもできるのであつて、むしろ右判断の一資料ともなるものである。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、所得税法(昭和四〇年法律第三三号)附則三五条、同法律による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号)六九条一項に、判示第二の所為は、所得税法(昭和四〇年法律第三三号)二三八条にそれぞれ該当するので、懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑につき、同法四七条、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の、罰金刑につき、同法四八条二項によりその合算額のそれぞれの範囲内で、被告人を懲役八月および罰金一〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、被告人が本件検挙後当局の調査等に協力し、かつ既に本件ほ脱額については全部支払済であること、その堅実な人柄など諸般の情状を考慮し、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助 裁判官 浦野信一郎 裁判長裁判官藤田哲夫は転任につき署名押印できない。裁判官 鳥飼英助)

別表一(昭和三九年分)

<省略>

別表二(昭和四〇年分)

<省略>

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